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2011年4月19日 (火)

祖父のDNA

まる子が保育園に行っているあいだ、気持ち的にも、時間的にも余裕ができたので、畑や庭にいる時間が、少しずつ増えてきましたsun

昨日は、おこぎの枝を切ってきて、芽の部分をゆでて、食べたり、スイセンや桜を切ってきて、部屋に飾ったりしました。

義母は、畑のワラビやウドを採ってきたり、知り合いから、菜の花をいただいてきたり…。

最近の食卓には、旬の献立が満載ですshine

さてさて、日曜日の結婚式で、叔母が隣の席だったのですが、叔母の父親にあたる、私のおじいちゃんの昔話も、してくれて…。

私が、中学生や高校生の頃には、まだおじいちゃんも元気で、自分の昔話を、たびたびしてくれたのですが、私のほうに、聞く耳がなかったものですから、「うん、うん」と相槌をうちながら、右から左へと聞き流していましたcoldsweats01

何度も、何度も、同じ話の繰り返しで…。

内心、もう、聞いたよ…、と思っていましたが、実際は、話がとぎれとぎれ…。

大まかなことしか、覚えていなかったのです。

おじいちゃんは、8人兄弟の末っ子だったため、小学校を卒業してすぐ、東京へ奉公に出たそうです。

そして、東京の家具問屋をしていた、おばあちゃんの家に、養子に入ります。

ところが、東京大空襲に遭い、故郷に疎開してきて…。

家具などの荷物を、牛に引かせていたのですが、坂道で、牛ごと荷物が滑り落ち、牛も死に、荷物も崖から落ちてしまいます。

ほかにも、火事には3回遭い、そのうえ、大洪水で全部流されたことも…。

おじいちゃんから聞いたときには、まだ想像力が乏しくて、全然現実味をともなっていなかったのですが、このたびの震災のあとですから、想像を絶するような苦難を、何度も乗り越えたおじいちゃんだったんだと、ようやくわかりました。

何度も、何度も、ゼロから這い上がって、仕事を創って、生き抜いた人だったんだ…。

神経質で厳しいおじいちゃんだったのですが、晩年はボケてしまって、

「家族といられて、幸せだ」

と、いつもニコニコしていましたhappy01

その強く、たくましいDNAが、自分のなかにある…、と思うと、内側から力がわいてきます!

きっと、いつも、私たちを見守ってくれているんですね。

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